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未来をうごかすプロジェクト

vol.2

後付けできるブレーキシステムで、
多くのバスにさらなる安全性を。

後付けEDSS(ドライバー異常時対応システム)開発プロジェクト

PROLOGUE

近年、路線バスや高速バスで運転手の体調が急変し、交通事故につながるケースが多発している。ドライバーの健康状態に起因するバスの事故は年間160件を超え、その対策はバス会社のみならず、社会的な急務となっていた。国土交通省も対策に乗り出し、現在、新車のバスには「EDSS(= Emergency Driving Stopping System)」と呼ばれる安全装置の装着が進んでいる。しかし当然ながら、すでに街を走っているバス(使用過程車)には、EDSSは付いておらず、その数は10万台とも言われている。多くのバス事業者や社会から求められていたのは、新たにバスを購入するのではなく、既存のバスに「後付け」できるEDSSの開発。その声に応えるべく、NAMのエンジニアたちが新製品の開発に乗り出した。

KEYWORD

EDSS(ドライバー異常時対応システム)

バスの運転手が急病などによって安全に運転できない状況に陥った場合に、乗員や乗客が非常停止ボタンを押すことで車両を安全に停止させるシステム。

MEMBER

髙杉
システム開発課
新卒入社半年ながら、システム全体の要件定義を担当。EDSSに求められる機能を定義し、ソフトウェア開発へと伝える。
松原
システム開発課 課長
プロジェクトリーダー。チームリーダーとしてプロジェクト全体を統括するとともに、国土交通省の認可取得に奔走。
北村
システム開発課
制御ソフトウェアの開発担当。ブレーキや警報装置など、システム全体の制御ロジックやソフトウェアの設計・開発に従事。
長谷部
システム開発課 参事
ブレーキの電子制御を司るECUやソフトウェアの検討や設計の取りまとめを担う。
板谷
新規事業開発課
メカ部品の設計・開発、評価の取りまとめを担う。プロジェクト全体を計画的に推進するAPQPチームのリーダーも務めた。

写真左から 髙杉/松原/北村/長谷部/板谷

バス会社のニーズに応える新製品の開発。

それは、思いがけない一言から始まった。「隊列走行プロジェクトで開発した自動ブレーキの技術を、EDSSにも応用できるのではないか?」。隊列走行とは、3台のトラックを通信技術によって連結し、後続車を自動運転で追従させるシステムで、その実用化を目指す国家プロジェクトにおいてNAMは自動ブレーキの開発に取り組んでいた。声をかけてきたのは、NAMとともにその隊列走行の実証実験に参画していた会社の社長だった。

早速NAM社内で、開発の是非が議論された。開発に成功すれば、10万台とも言われるEDSS未装着車を減らし、社会の交通安全に大きく貢献できる。さらにNAMにとっては、隊列走行で開発した電子制御によるブレーキシステムを量産レベルで製品化するチャンスでもある。「ぜひチャレンジしよう」。NAM社内は開発の方向でまとまった。しかし、EDSSは人命に関わる安全装置。品質面での責任は重大であり、「後付け型EDSS」という未知の製品を開発し、販売するためには、各方面からのGOサインを取り付けなければならなかった。

ひとつは、「国の認可」。開発を始める前に、国土交通省に対して製品の構想を説明し、国が示すガイドラインに準拠しているかどうか確認する必要があった。もちろん、その後の開発の過程においても様々な性能評価テストをクリアし、最終的に国が定める技術基準に適合しなければならない。プロジェクトリーダーの松原は、その後も幾度となく国土交通省へと通った。
そしてもうひとつは、会社上層部の経営判断。会社として、「後付けEDSS」を手がけるメリットはあるか。ビジネス面での収益性もさることながら、安全装置として担う様々なリスクに対応できるのかどうか。ひとつひとつ課題を洗い出しながら、慎重な議論が交わされた。

プロジェクトのメンバーも、マーケットのリアルな反応が気になっていた。そこで1台のバスを改造し、試作のEDSSを装着。バス業界の企業が一堂に会する「バステク」というイベントで試乗会を実施した。すると評判は上々で、「新車に搭載する最新システムを、古いバスでも実現できるのか」という驚きの声や、後付けによる安全性の向上に共感の声が寄せられた。市場の声に背中を押され、開発チームの確信は深まった。会社上層部からも正式にGOサインが出され、2019年8月、いよいよ本格的な開発がスタートした。

メカの小型・軽量化を支える制御の力。

早速、開発チームは、システムの仕様検討を開始した。ベースとなる隊列走行の自動ブレーキとは、ドライバーのブレーキ操作を信号化し、ECUと呼ばれる制御コンピュータが4輪のブレーキ(メカ側)に供給する空気圧をコントロールするシステム。しかしそれは、あくまでも実証実験用に開発されたもの。実用段階にあるものではない。また、そもそも使用目的が異なるため、新たな機能の追加や、それに伴う構造の変更、制御プログラムの追加など、検討すべき点は多岐にわたった。

EDSSの開発では、作動の起点をブレーキ操作ではなく乗員・乗客が操作する「非常停止ボタン」に変更する必要があり、さらに、車内外に異変を知らせる非常ブザーやクラクション、ランプ類のほか、システムが故障した場合に備える故障診断機能なども付加する必要があった。

理想は、どんなバスにも後付けしやすいEDSS。すでに多くの機器類を積んでいるバスにEDSSを後付けするためには、システムの小型・軽量化は至上命題だった。そこで金属素材を樹脂に変更したほか、メカ部品に内蔵するセンサーの個数を減らすなど、大きな構造の見直しにも踏み切った。もちろん、センサーを減らしても、ブレーキの性能を落とすわけにはいかない。センサーが減った分を、いかに制御の精度でカバーできるか。制御ソフトの設計・開発をリードした北村が振り返る。「システム全体の仕様を試行錯誤する中で、メカ側に変更が生じれば、それに応じてソフト側の調整も必要になってきます。ひとつの変更によって、特性や挙動にどのような影響が出るのか。細かく調査しながら、粘り強く調整を繰り返していきましたね」。

じつは、驚くべきことに、このプロジェクトでは、まだ入社半年だった新入社員の高杉がシステムの要件定義を任されていた。高杉は、EDSSに求められる機能を分析し、システムとして実現すべき仕様を北村らソフトウェアの開発者に伝えなければならない。しかし入社間もない高杉は、どのように説明すれば良いのかすら分からない。「最初は、経験もないのに自分一人で考えてしまい、なかなかソフト担当の方が満足するレベルで仕様化することができませんでした。何度も修正をしなければならず、心が折れそうになったこともありましたね」。それでも高杉は諦めることなく、周りの先輩に相談しながら少しずつ手順を覚えていった。こうした点にも、若手のうちからどんどん裁量を与えていくNAMの気風が表れていると言えるだろう。

NAM初となる、システム製品量産化への挑戦。

製品開発の現場では、「量産化」という視点も欠かせない。これまでブレーキ機器単品での量産を行ってきたNAMにとって、制御ソフトも含めたシステム製品の量産化は初めての試みだった。品質を高く保ちながら、いかに効率よく生産するか。カギとなるのは、ソフトウェアやメカの設計だけでなく、生産を担う山形工場、品質保証、販売など、部署の壁を超えたチームの連携。その連携役としてプロジェクト全体の推進力となったのが、板谷を中心とする「APQP(Advanced Product Quality Planning) チーム」の存在だった。各部門の代表者からなる会議体で、様々な情報や課題を共有しながら、NAMらしい一体感のある開発現場を生み出していった。

生産のしやすさは品質の安定にもつながる。どのような構造にすれば、生産プロセスでより組み立てやすくなるのか。メカ側の設計や評価を取りまとめていた板谷は、工場側とも緊密に連携しながら、できるだけ部品の点数を減らすなど、開発と生産の間に立ってより効率的な量産の実現に向けて奔走した。

また、制御コンピュータであるECUの量産もNAMでは初めてのこと。生産を委託する外部のECUメーカーとの間で、電子回路に必要な半導体素子を連続的に供給できるのか、数万台というロットで安定的に性能を維持できるのか、検討が続いた。ECUの設計を担当した長谷部が大切にしたのは、できるだけ直接会って会話をすること。「ECUには様々な分野が複雑に絡んでくるので、図面や文字だけのコミュニケーションでは解釈にズレが生じたり、こちらの意図がきちんと伝わらないことも多くあります。お互いの共通認識にズレが出ないように、手間を惜しまずにちゃんと会って話をすることを心がけました」。

コロナ禍を乗り越えて、国の認可を取得。

プロジェクト開始から約1年。様々な壁に直面しながらも、開発は急ピッチで進んでいた。社内では並行して量産に向けた各種のテストが行われ、新入社員の高杉は、システムテストで自ら作成した仕様が試作品になって動いている姿に「感動した」という。ようやくシステム要件も固まりつつあり、外部サプライヤーとの打ち合わせも本格化しようとしていた。しかしその最中、世の中に新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた。ここまでプロジェクトの原動力になっていた直接的な対話や緊密なコミュニケーションがしにくい状況に陥った。NAMの社内には「ワイガヤ」と呼ばれるスペースがあり、何か相談したいことがあれば、すぐに集まって話ができる雰囲気がある。しかし、出社が制限される中では、チーム内のコミュニケーションも停滞せざるを得なかった。こうした状況を打破しようと、ソフト開発を担当していた北村が中心となって、週1回のオンライン定例会議が始まった。どんな職種であっても、コミュニケーションを重視する姿勢はNAMの社風のひとつ。なんでも相談できる環境は、コロナ禍であっても健在だった。

息を吹き返したプロジェクトは、社内でのテストをクリアし、いよいよ国土交通省の認可取得に向けた最終テストへと臨んだ。国の技術基準では、警報やブレーキのタイミングが細かく定められている。その数字をクリアできているかどうか、第三者機関で適合試験を行った。結果は、見事に合格。NAMの「後付けEDSS」は、国土交通省が定めるドライバー異常時対応システム(減速停止型)の技術指針に適合することが証明された。

そしてプロジェクトはラストスパートに入る。できるだけ多くのバスに後付けできるよう、バージョンアップ開発を実施。観光バスや路線バスによる車種や年式の違い、メーカーによる違いごとに複数の仕様を用意。装着可能なバスを約80種類まで拡大した。

そして2021年10月、NAMは1本のプレスリリースを発表。「後付ドライバー異常時対応システム(EDSS)発売のお知らせ」と題されたそのリリースは、日本の公共交通に新たな安全性をもたらすニュースとなった。そしてそれは同時に、2015年末に始まった隊列走行プロジェクトから続く、「システム製品の量産化」というNAM自身の目標を成し遂げた瞬間でもあった。